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今日もキツネの嫁入りなり

コンコンコンと響いてく

学校教育の第二外国語は言語の習得よりも大事な目的があるから中学高から導入するのは賛成

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Twitterで「第二外国語」というワードを見かけたので調べてみたら、以下のような発表がされていました。

東京都教育委員会は27日、2022年度に開校予定の都立の小中高一貫校について、教育課程の概要を発表した。世界で活躍する人材を育てるため、12年間を通じて語学教育に力を入れ、英語は小学1年から、第二外国語は中学から必修科目にすることを盛り込んだ。

中学から第二外国語必修 都が公立初の小中高一貫校 :日本経済新聞

この件について、ネット上では「その前に英語をなんとかしろ」「使い物にならない」「考え方に疑問を感じる」など様々な意見が飛び交っています。

僕は、これらの意見をみて「学校教育における外国語は言語の習得が目的だと考えている人が多いのではないか」と思いました。

 

え? 違うよね?

 

言語の習得を最大の目的として英語の勉強をしてきたわけじゃないよね? だって大学まで含めたら約10年間も英語を勉強するんだよ? こんなに長い時間をかけてそこまで効果の無いことを国がするはずないじゃん?  

と思ったので調べてみました。

 改革1.国が示す教育目標・内容の改善

○ 学習指導要領では、小・中・高を通して1.各学校段階の学びを円滑に接続させる、2.「英語を使って何ができるようになるか」という観点から一貫した教育目標(4技能に係る具体的な指標の形式の目標を含む)を示す(資料参照)(具体的な学習到達目標は各学校が設定)。

○ 高等学校卒業時に、生涯にわたり「聞く」「話す」「読む」「書く」の4技能を積極的に使えるようになる英語力を身に付けることを目指す。
 あわせて、生徒の英語力を把握し、きめの細かな指導の改善・充実や生徒の学習意欲の向上につなげるため、従来から設定されている英語力の目標(学習指導要領に沿って設定される目標(中学校卒業段階:英検3級程度以上、高等学校卒業段階:英検準2級程度から2級程度以上)を達成した中・高生の割合50%)だけでなく、高等学校段階の生徒の特性・進路等に応じた英語力、例えば、高等学校卒業段階で、英検2~準1級、TOEFL iBT60点前後以上等を設定し、生徒の英語力の把握・分析・改善を行うことが必要。

今後の英語教育の改善・充実方策について 報告:文部科学省

 あ、そうなんですね…。「聞く」「話す」「読む」「書く」の4技能を積極的に使えるような英語力を身に付けるんですね…。

 

語学は今の学校教育では身に付かない

英語は自分から勉強しようとしない限り習得は不可能です。学校で学ぶ時間をいたずらに増やして英語力を伸ばそうとするのは無駄なので諦めるべきです。「中学、高校、大学、こんなに勉強しても話せるようにならない! 小学校からやろう!」という考えは幼稚すぎます。やるなら異なるアプローチをすべきです。

学校では動機付けができれば良い

能動的に外国語を勉強するための動機付けを目的に教育を行うべきです。自分にとっての必要性を感じれば、外国語を習得しようと自分から勉強します。その環境は学校内外に整っているため困ることはありません。

また、他の科目に関しても、完成を目指すよりも動機付けに集中した方が良いと考えます。マスターしたければするし、したくなければしない。日常生活に困らなければ、あとはやりたい人がやればいいんだよ。

 

外国語の勉強は視野を広げることに繋がる

グロービス経営大学院学長の堀義人さんは以下のように述べていました。

将来的に第二外国語って必要なのだろうか?英語は必要だろうけど、それ以外の言語は自動通訳が進化に任せたら良いと思う。コミュニケーションの手段である外国語を修得するよりも、コンテンツ(中身)を磨くことに使った方が良いと思う。

堀義人:中学から第二外国語必修に都が公立初の小中高一貫校:NEWS PICKS

「必要なのだろうか?」という発言から、学校教育における外国語の立ち位置を「アウトプットするための手段」としか考えていないように聞こえます。

学校教育における外国語は言語の習得ではなくコンテンツの充実です。アウトプットの手段を学んでいるのではなく、異文化のインプットだ。視野を広げることに繋がるんです。

とここまで文字に起こしたところで、もしかして堀義人さんは「『コミュニケーションの手段である外国語』を習得するよりも、『外国語をコンテンツ(中身)として』磨くことに使った方が良いと思う。」という意見なんでしょうか? それならば賛成です。

 

グローバルな人材になってほしいわけじゃない

「日本にいれば英語が話せなくても生きていける」とか「外国で働かないから英語いらない」とか言う人がいます。それに対し、「これからはグローバル化だ! 世界に目を向けろ!」と言う大人もいます。

 

別にどっちでもよくない?

 

 

国からしたらグローバルな活躍をしてほしいのだろうと思いますが、外国語を使うのも使わないのも個人の自由です。

 

でも、たとえ使わなかったとしても外国語を通して広げた視野はその人自身のためになっています。一人一人が広い視野をもったうえで、それぞれの幸せのために行動すればいいんです。言語を使うか使わないかとかそんな話じゃないんです。異文化を知ることで人間的に成長してそれが幸せにつながるんです。

 

これらのことから、将来的に第二外国語を使わなくとも、視野を広げるために中学校から触れることに賛成です。必ず「中学の頃に第二外国語の授業で勉強したのがきっかけでした」という人が現れるはずです。