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今日もキツネの嫁入りなり

コンコンコンと響いてく

LINEの「既読無視アレルギー」から考える情報化社会におけるIT教育の重要事項

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皆が毎日のように使っているLINEには「既読機能」が付いています。これは「震災時に相手が読んだことだけでも分かれば少し安心できる」という思想から開発されたそうです。「非常事態で返信できないけどメッセージは受け取った」というのも貴重な情報になりますね。

また、既読機能は日常的にも便利な機能です。

送った文章が読まれたのか? 気付いていない事はないか? 念のためもう一度送ってみるか? 従来のメールではこのような不安がありました。

既読機能はこれらの不安を解消してくれます。「既読」の文字が付けば、「内容が伝わった」と認識して良い。双方にとってメリットがあります。

 

しかし、この既読機能から「既読無視」という概念が生まれてしまいました。これは社会的な問題まで発展するほど大きなものになっています。なかには既読機能を消してくれというユーザーまでいるとか。なんだそりゃ。既読機能を消しても本質的な問題は解決しないと思うんだけどな。

 

 

本当に「既読無視」の場合は催促してくれてかまわないんだけど、「既読したよ」って意味の返信しかできないときは必要ないよね。これで「既読したのに返信くれない」とか言われたらLINEの便利機能を潰すことになります。

 

「明日は何時に集合する?」というような質問形式だったら既読無視になるだろうけど、「明日は20時ね!」ってメッセージに返信する必要はないだろ? だって「既読」って書いてあるから!

 

何でもかんでも「既読無視」という無視アレルギーの人はどうすればいいんだ? 「既読」ってメッセージを送れば満足するのか? 

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返信は意外と手間が掛かります。相手によって使う言葉を変えて文字を打ちます。なかには前回のメッセージとの重複をさけるため言葉を練って返信する人もいます。更にウェアラブルデバイスの普及に伴ってスマホはカバンの中に入れる時間が増えます。ほとんどのウェアラブルデバイスはタッチ入力ではなく音声入力式です。内容を確認できるだけで返信するためにはスマホを操作しなければいけないデバイスもあります。

 

究極的なことをいってしまえば、手や声を使わずに頭の中だけで返信ができたとしても相手の思考の邪魔になります。

「じゃあ思考しなくても返信できるようにしよう」ってそれは今の「既読機能」と変わらないから!!!

 

このままでは道具がいくら進化しても扱う人によって効果が損なわれてしまいます。自分自身で使いにくくするのなら別に問題ないのですが、コミュニケーションサービスは相手にも悪影響を与えます。

 

こういう問題は単純に相手を思いやれば減ると思うんです。

本当は意味のない沁みついた常識を捨て、相手にとって必要なことだけをする。

そうすればもっと楽しくて面白い世界になると思います。

全ては情報を活用する人の問題。これはIT教育で最も意識しなければならない大切なことです。