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今日もキツネの嫁入りなり

コンコンコンと響いてく

愛想笑いが染み付いてとれない(;^ω^)

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「お前、愛想笑いだろw」

中学2年生のとき、友達にそう言われた。まさにそのとおり、僕は愛想笑いをしていた。ただ、一つ弁解したいことがあるのだが、これはしたくてしているんじゃない。勝手に愛想笑いをしてしまうのだ。自然と「愛想笑い」が表出した場合、それはもはや「笑い」と何か違うのだろうか?意図せず愛想笑いが出てしまっていた中学・高校時代。思い返すと一種の処世術だったのだろう。

 そもそも、何故「意図せずに愛想笑いが出る」ようになったのだろうか?考えを巡らせていると、僕がなかなかのコミュ障だったことを思い出した。

小学生の頃はとてもクールだとよく言われた。実際、自分でもそう思う。周りのみんなは笑っているが、僕には理由が分からないことが多々あった。「えっ?こんなことで笑ってるの?何が面白いの?」そう感じたことがあった。今思うと、コミュニティにどっぷりと浸かっていないと理解できない笑いだったのだろう。外国人がプレゼンテーション中に言う冗談で笑えないのと同じだ。隣の大学生グループが仲間内で大爆笑しているが面白さが分からないのと同じだ。文化や知識が異なると面白さが理解できないし、伝播されない。

小学生の僕が面白さを感じなかったのはきっとこのような理由だったのだろうが、その当時は全く気付くことなく、ただただ「ここは笑うところなんだな」と思った。そして笑うようにした。最初は無理にでも。

中学校に入学する頃には意識することなく笑顔がつくれた。これで生活にも困らない。

しかし、中学校生活を1年ほど満喫したあたりで、異変に気付いた。

 

勝手に笑顔になってしまう…(;^ω^)

 

なんだこれは。面白いって思ってないのに笑ってしまう。声が出るわけじゃない。表情だけ勝手に動く。友達と喋っているときは勿論、すれ違っただけでも笑顔になる。なんだこれは。かなり不気味だ。

どうやら長年の愛想笑い生活によって、僕の表情筋は形状記憶筋肉となってしまったらしい。反射的に笑顔になる。マクドナルドもビックリ仰天、スマイルのバーゲンセールである。

僕のコミュ力は大学に入学してから飛躍的に伸びた。いや、意識的に頑張って伸ばした。それに伴い、愛想笑いの呪縛は解けた。日々の生活習慣がどれだけ人体に影響を与えるのか、身に染みて感じた。もはや意識を向ける事すらできないレベルに愛想笑いが染み付いている可能性も微レ存…