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今日もキツネの嫁入りなり

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論文ならまだしも一時的なレポートだったらWikipedia使っても良くないか?

メイン(雑記)

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レポート作成時に先生から常套句の如く「Wikipediaはダメ」と言われる。学生ならば、一度は経験したことありますよね?理由はWikipediaは誰でも編集できるかららしい。でも、そもそもインターネットってそういうものなんじゃないのか?インターネットは誰でも発信者になれるし、利用者にもなれる。そういったサービスではないのか?

「Wikipediaはダメ」ではなく「インターネットよりも本を利用してね」ならまだ分かります。詳しくは知らないけど、本を出すにはインターネットで発信するよりも多大な労力が必要だし、審査もあるんだろう。だから本の方がクオリティが高い。デマも少ない。

Wikipediaがダメといわれる理由について深めていくと、

  1. Wikipediaは誰でも編集できる
  2. あまり知識がない人でも編集できる
  3. 誤情報が混じる
  4. 情報の質が落ちる
  5. Wikipediaの情報は質が良くない

となると思う。

しかし、この「あまり知識がない人でも編集できる」という点について考えてみてください。

あまり知識がない人ってWikipediaの編集をするのか?

というか、Wikipediaの編集って誰がしてるんだ?

 

調べてはいませんが、おそらく「自分の知識をみんなに伝えたい人」が編集するのではないでしょうか?

そんな「自分の知識をみんなに伝えたい人」が間違えた情報を載せますか?意図的には載せないだろうし、たとえ間違ってしまってもそれは本にも起こり得る話です。「本=正義」ではないだろうし、むしろ最新情報が集まるインターネットの方が良質の場合もありそうです。

インターネットは言わなくても勝手に使うだろうし、本に目を向けてもらいたいから本を勧めている。そういう考えの人も一定数はいると思います。実際に、そう言ってくださる人もいました。

でも、そんな考えもなく「本の方が良いに決まっている」という昔からの固定観念をマサカリの如く振りかざす人、何とかしてください。

 

Wikipediaだって本だって、どちらも人間が編集してるんです。技術や考え方も日々進化しています。

情報媒体の取捨選択をする

これも大事な能力になってくるはずです。そういう意味でも、もう少しインターネットへの評価を高めてもいいんじゃないでしょうか。

僕は、将来インターネットでさえもほとんど正しい知識を得ることができるようになると思っています。googleのアルゴリズムによって、人間の評価を加えた統計処理によって、欲しい情報が検索結果の上位に表示されるはずです。そうなった場合、知識は完全にデータベース化され、知識を持つ人の価値は下がります。その人に聞くより、google先生に聞いた方が早いし、正確だからです。既に、今でもこのような状態にかなり近くなっていると思います。

 

時代と共に、情報収集の方法は変わっていきます。

もう少し、Wikipediaの評価を上げてもいいんじゃないか、僕はそう思うことがあります。